ブ ラジル北東部に位置するペルナンブコ州は、他の都市よりも先 にポルトガル人の植民地が築かれました。州都、レシフェ市内 に残る歴史的建造物、広場、邸宅、教会、要塞、橋や劇場は、 レシフェが歩んできた歴史をものがたり、ダンス、音楽やお祭 りなど文化の面でもそれがみられます。カーニバルではマラ カツという打楽器隊やカボクリニョやパシスタと呼ばれるダン サーたちがパレードし、6月祭を迎えた田舎の村々は一段と賑 やかになり、クリスマスになると人々はキリストの生誕を祝い ます。歴史と文化の魅力と自然の美しさが融合し、ペルナンブ コ州はブラジル国内で最も注目される観光スポットとなりまし た。年間を通し、地元を愛する人々が色鮮やかな飾りや賑やか な音楽で楽しませてくれます。
2002年に世界遺産に登録された、ブラジルで最も美しい島とし て有名なフェルナンド・デ・ノロニャ諸島や同じく世界遺産に認 定されているオリンダもペルナンブコにあります。そして、レシ フェから60km離れたポルト・デ・ガリニャスでは、天然プール で魚と一緒に泳いだり、干潮時にはサンゴ礁を見ることができま す。また、レシフェは観光だけではなく、工業地帯としても発展 を続けています。

レシフェへのアクセス
レシフェ空港から市内への交通手段は充実しています。タクシ ーを利用する場合、市街地またはホテルが集中するボア・ヴィ アジェン・ビーチまでは約15分。空港の出口付近にタクシー乗 場があり、そこからであれば安全です。空港は1ヶ所で、オリン ダやポルト・デ・ガリニャス等他の都市へ向かう場合は陸路で 移動します。フェルナンド・デ・ノロニャへは飛行機で約40分 かかります。


持ち物
年間通し気温は高く暑い地域なので、ビーチや観光時には水分 補給をお忘れなく。ミネラルウォーターの他に、日焼け止め、 帽子、サングラスも必需品です。薄地の服を着て、日差しが一 番強い正午前後の外出は避けたほうが良いでしょう

 

観光ルート 

サント・アントニオ地区とサン・ジョゼ地区 (Bairros de Santo Antônio e São José):

多くの建物は18世紀から20世紀初頭に建てられたも ので、当初の都市計画を垣間見ることができます。道幅は狭く、路地 や曲がりくねった横道を進むと突然、広場にたどり着くようになって います。サント・アントニオ地区には似たような建物や独立して建っ ている記念碑などが数多く残され、この2つの地区だけで、宗教関連 の建物が16棟、民間建築の建物が4棟、公共建築の建物が3棟、軍隊関 連施設が1棟、合計24の歴史的・文化的に重要な建造物が点在してい ます。

 

カザリオ・デ・アピプコス地区 (Casario de Apipucos):

アピプコス 地区は、昔モンテイロ農園の敷地内でした。1887年建設の聖母ドレス 教会をはじめ、19世紀の建造物は当時の姿を保ち続けています。アピ プコス通り2665番地は元州知事シド・サンパイオ氏の邸宅で、同じ 通りの117番地、マルチンス・メセル屋敷(Mansão Martins Mesel) は過去の栄光を物語っています。320番地にある19世紀に建てられた ソラール・ドス・アピプコス(Solar dos Apipucos)は木々に囲まれた 公園の中央にあり、社会学者、人類学者もありジャーナリストで「大 邸宅と奴隷小屋(Casa Grande e Senzala)」を執筆した小説家ジルベ ルト・フレイレ氏宅でした。正面玄関と階段はすばらしく、銅像やガ ス灯、ベンチ、タイル製のパ ネルがあります。92番地は実 業家で先進的アイディアで有 名なデルミロ・ゴウヴェイア 氏の邸宅でした。現在はジョ アキン・ナブコ社会研究財団 の資料協会となり、周辺には アピプコス・ダムやカピバリ ベ平野、モンテイロ公園やア ピプコス公園があります。当 時の邸宅は、現在は一般の住 宅、協会や財団等として使用 されています。タクシーでア ピプコス通りまで行き、そこ からは徒歩で観光することが できます。

 

レシフェ地区 (Bairro do Recife):

カピバリべ川と大西洋 に囲まれ港と共に発展してき たレシフェ発祥の地であり、 今でも歴史的価値の高い建造 物が残されています。ボン・ ジェズス通りにはピラール教 会、マドレ・デ・デウス教会 と修道院が建てられました。 商業施設はマルケス・デ・オリンダ通り、劇場はアポロ通り、ギア通りにはレシフェからリモ エイロを結ぶ鉄道の終着駅であるブルン駅、そしてブルン要塞が あります。レシフェのナイトライフを賑わすバーやレストラン、 ナイトクラブの集中するエリアでは現在、改装工事が行われてい ます。タクシーでマルコ・ゼロ(Marco Zero)と呼ばれるレシフ ェ発祥の地まで行き、そこから旧レシフェ地区の邸宅や建物を 巡り歩くこともできます。ボア・ヴィアジェンのホテル街から は15分。徒歩観光の場合、日差しの弱い早朝か午後がお勧めで す。

 

ポソ・ダ・パネラ地区 (Poço da Panela):

伝統的で歴史ある景 観を楽しめます。カピバリベ川が近く、19世紀にはレシフェの 人々が夏を過ごしにやってきました。大邸宅や屋敷は当時のもの です。聖母サウーデ教会では多くのお祭りが開催されます。教会 の脇にあるのは、奴隷解放運動に大きく貢献したジョゼ・マリア ノ氏の銅像です。その正面626番地の家は、ジョゼ・マリアノと その妻オレガリニャの家でした。オレガリニャ夫人は「貧しい人 々の母」と呼ばれ、奴隷の逃走に手助けをしていました。そこに は、鎖から逃れ花に囲まれた奴隷の等身大像があります。聖母サ ウーデ教会までタクシーで行き、そこから徒歩で散策できます。

 

アウローラ通り (Rua da Aurora):

昔、カピバリべ川の左岸、 アウローラ通りとオスピシオ通りは泥沼で覆われていました。現 在は、19世紀の代表的建造物が立ち並んでいます。1807年には ボア・ヴィスタ広場、現インペラトリス通りに邸宅が建てられ始 めました。2階建てや3階建ての建物で、現在は公共施設として 使用されています。特に有名な建物は、1866年に建てられたト スカーナ風のペルナンブコ州立体育館と、1876年のドーリア・ ローマ様式の柱が美しい議会です。カピバリベ川沿いには、旧ボ ア・ヴィスタ伯爵邸(現・公安局)があります。アウローラ通り までタクシーで行き、そこから徒歩で散策できます。

 

ボン・ジェズス通り (Rua do Bom Jesus):

旧ユダヤ人通りで す。1637年には南米初のユダヤ教会堂、カハール・ズル・イス ラエル教会堂(Sinagoga Kahal Zur Israel)が建てられました。17 世紀にここから追放されたオランダ人は北米へ渡りニューヨーク を創設しました。1995年に改装され、バーなどがオープンし賑 やかなスポットとなっています。昼間は旧レシフェ地区を散策 し、夜はこのエリアのバーで地元グルメを堪能するのも良いで しょう。T Rua do Bom Jesus, 197, Recife Antigo H 火曜から金 曜9:00~17:00、土曜と日曜15:00~19:00 

 

シンコ・ポンタス要塞 (Forte das Cinco Pontas):

オランダ人 が1630年に5角形の建物を造り、1677年にポルトガル人により4 角形に改築されました。内部のレシフェ市立博物館(Museu da Cidade)の見学はガイド付きです。アクセスはタクシーで。 T Bairro São José, Praça das Cinco Pontas F (81) 3224-8492  H 火曜から金曜9:00~18:0、土曜と日曜13:00~17:00 

 

ブルン要塞 (Forte do Brum):1629年に建てられました。内部の 軍隊博物館では当時の兵器を展示しています。市街地から離れて いるのでアクセスはタクシーで。 T Praça Comunidade Luso-Brasileira, Bairro do Recife F (81) 3224-4620 H 月曜から金曜9:00~16:00 


教会

サンチッシモ・サクラメント~サント・アントニオ教会 (Santíssimo Sacramento‐Matriz de Santo Antônio):1

790年建設の金 で装飾されたバロック様式の教会。 T Praça da Independência, Bairro Santo Antônio  H 毎日7:00~12:00、14:00~18:00

 

聖母コンセイソン・ドス・ミリターレス教会 (Nossa Senhora da Conceição dos Militares):

1710年建設。内部は金で装飾され、 グアララペスの戦いの絵画が展示されています。サンチッシモ・ サクラメントから徒歩5分です。 T Rua Nova 309, Bairro Santo Antônio F (81) 3224-3106  H 月曜から金曜8:00~16:00、土曜と日曜8:00~13:00

 

マドレ・デ・デウス教会 (Madre de Deus):1

8世紀に建設された コロニアル様式の教会。内部には多数の宗教関連の絵画がありま す。現在は修復工事中です。アクセスはタクシーで。 T Rua Madre de Deus, Bairro do Recife  F (81) 3224-5587 H 月曜から金曜8:00~12:00 / 14:00~17:00、 土曜と日曜9:00~12:00

 

聖母カルモ教会と修道院 (Basílica e Convento Nossa Senhora do Carmo):18世紀のバロック様式の教会です。祭壇は金で装飾 されています。サント・アントニオ地区には他にも教会が多数あ ります。T Praça do Carmo, Bairro Santo Antônio  F (81) 3224-3341 H 月曜から金曜7:00~19:00、土曜7:00~12:00、日曜8:00~12:00

 

聖母コンセイソン教会、別名ジャケイラ礼拝堂 (Nossa Senhora da Conceição ou Capela da Jaqueira): 1781年建設。祭壇は 金で装飾され、壁にはポルトガル製のタイルと18世紀の絵画が 飾られています。アクセスはタクシーで。T Avenida Rui Barbosa, Bairro Parque da Jaqueira F (81) 3442-8541 H 土曜から月曜 8:30~11:30、火曜と金曜16:00~18:00、水曜と木曜19:00~21:00

 

聖母ロザリオ・ドス・オメンス・プレットス教会(Nossa Senhora do Rosário dos Homens Pretos):バロック様式の教会 で18世紀に建てられました。タクシーでサント・アントニオ地区 まで行き、そこから徒歩で教会巡りをするとよいでしょう。 T Rua Estreita do Rosário, Bairro Santo Antônio F (81) 3224-3929 H 月曜から金曜9:00~13:30、14:30~18:00、土曜8:00~12:00

 

オリンダ

ペ ルナンブコ州第3の都市、オリンダはその自然と建造物の美しさ が有名です。総面積40,83km2で人口は391,433人です。そのう ち1.2km2は、1982年にユネスコの世界遺産に登録され、他10,4 km2は自然保護区域です。歴史地区では、教会や建物がブラジル の歴史を物語っています。100年以上前の建物が現在も使用され ています。一方で、20世紀に建設された近代的なビルは、ブラ ジルで最も早い時期に建てられたものです。ポルトガル語で、「 オ・リンダ」とは「なんと美しい」という意味ですが、オリンダ の名前の由来は、ペルナンブコ領主でもあったポルトガル商人ド アルテ・コエリョ氏が他国からの侵略を防げる土地を探している 最中、オリンダにたどり着き、あまりの美しさに、「町を築く場 所としては、なんと美しい!」と叫んだ言葉からといわれていま す。正式な市の創設日はわかりませんが、資料によると1535年前 後であろうと思われます。時が過ぎてもオリンダの美しさは変わ らず、多くの観光客に類ない体験をもたらしてくれます。

オリンダへのアクセス

オリンダはレシフェ国際空港から7km。空港から直接タクシー を利用することも可能ですが、レシフェに滞在中であれば、タ クシーと終日観光の料金を交渉するのも良い手段です。


持ち物

年間平均気温は270Cということからわかるように、とても暑く湿 気も多いので、薄地の服を着用したほうが良いでしょう。日焼け 止め、帽子、歩きやすい靴も必需品です。水分不足にならないた めにもミネラルウォーターもお忘れなく。外出は、暑い時間を避 けるためにも、朝早い時間か夕方がお勧めです。

観光ルート
オリンダの主な観光スポットは教会や歴史的建造物です。その姿は過 去にタイムスリップしたような気持ちにさせてくれます。

 

カイシャ・ダグア (Prédio da Caixa D'Água):

1934年に建築家ルイ ス・ヌネスの設計により建設され、ブラジル近代建築の代表となって います。基礎抗の使用法などのシンプルで美しいデザインは、後の オスカー・ニーマイヤー氏のブラジリア建設に影響を与えました。ブ ラジルで初めてレンガを照明と空調の一部に装飾として使用していま す。T Rua Bispo Coutinho s/n°, Alto da Sé 

 

無料 ムーア式邸宅 I (Sobrado Mourisco I):

18世紀に建てられたこの邸宅 はアラブ様式の影響が多く見られます。T Rua do Amparo 28, Cidade Antiga $ 無料 ムーア式邸宅 II (Sobrado Mourisco II) :17世紀に建てられた邸宅で す。2階のバルコニーは木製でひし形の模様やトラスなどアラブ建築 様式がみられます。1859年にオリンダを訪問した皇帝ペドロ2世とテ レザ・クリスチナ皇后はここに宿泊しました。 T Praça Conselheiro João Alfredo 07, Carmo 

 

マシャンボンバ (Maxambomba):

1866年に走行を開始した蒸気機関 車はマシャンボンバと呼ばれ、レシフェとオリンダを結ぶ交通機関で した。当初の路線は、カンポ・グランデからサウガヂーニョを通過し カルモまで行きました。カルモには1871年にレシフェ・オリンダ・ベ ベリべ鉄道会社の車両庫が建てられました。 T Praça do Carmo s/n°, Carmo

 

気象観測所 (Observatório Meteorológico):

面積約6,000m2で、オリ ンダの最も標高の高いアウト・ダ・セーにあります。1860年にフラ ンス人天文学者エマヌエル・リアイス氏がブラジル彗星を観察した場 所でもあります。T Rua Bispo Coutinho s/n°, Alto da Sé 

 

法学部 (Faculdade de Direito):

オリンダ大学の法学部は1827年8月 11日に造られ、翌年にスタートしました。1852年に旧州庁舎へ移転 するまではサン・ベント修道院の施設を利用していました。法学部の 誕生はそれまでのオリンダの日常を大きく変化させました。学生たち は通りで新しいアイディアを披露し、新聞を発行するなど文化的に大 きな発展をもたらしました。しかし、より良い環境を求めて、1854 年にレシフェへ移されてしまいました。T Rua de São Bento s/n, Varadouro(見学は外観・内部ともに一部のみ可能)

 

オリンダ灯台 (Farol de Olinda):

初代の灯台は、12マイル離れた所 も見渡せるモンテネグロ要塞に造られ、1872年から使用されていま した。現在の灯台は、1941年9月7日にアマロ・ブランコ地区のセラ ピオン丘(Morro de Serapião)の上に建設されました。F (81) 34966525 H 土曜・日曜・祭日14:00~17:00 

 

サン・フランシスコ要塞またはケイジョ要塞 (Forte de São Francisco-Fortim do Queijo) :

オリンダの地形は外国からの侵 略に対し無防備な形をしていた為、17世紀からは要塞建築が盛ん になりました。歴史学者ヴァニルド・べゼハは、「とても重要性 のある要塞だが、時とともにその形がチーズの形に似てきた。そ のため、ケイジョ(チーズ)要塞と呼ばれるようになった」と言 っています。ケイジョ要塞は1620年台にクリストボン・アルバ レス氏の命により建てられたオリンダで最も古い要塞です。一時 期、荒廃していましたが改装され現在に至ります。T Rua do Sol, Carmo 

 

州知事官邸 (Palácio dos Governadores):

17世紀にエクアドル連 盟の議会として建てられました。1854年には法学部、その後はメ ルポネメ劇場、裁判所、オリンダ宗教学校となり、現在はオリン ダ州知事官邸となっています。デザインはシンプルですが、帝国 時代の照明や床、階段など当時の美しさを保っています。T Rua de São Bento 123, Varadouro 

 

プレギサ広場の野外音楽堂 (Coreto da Praça da Preguiça) :

19 世紀末に建設。丸みを持った石の土台とイギリス製の鉄を使い王 冠をかたどっています。かつてオリンダのお祭りをにぎわせた楽 団バンダ・デ・ムジカはここで演奏していました。T Avenida Liberdade s/n°, Carmo 

 

上院議事堂跡 (Ruínas do Senado):

1693年に建てられたまし た。残された部分から、建物の壁の厚さを確認できます。プレ ートには、「1710年11月10日のこの場所で、ベルナルド・ヴィ エイラ・デ・メロが共和国への第一声を発した」と記されていま す。T Rua Bernardo Vieira de Melo s/n°, Ribeira

 

民間図書館 (Biblioteca Pública):

代表的な17世紀の民間建築で す。最初の図書館は1830年にサン・フランシスコ修道院に開館し ました。カルモ100番地とも呼ばれるこの図書館は1996年に開館 しました。T Avenida Liberdade s/n°, Carmo

 

博物館

現代美術館 (Museu de Arte Contemporânea):

18世紀建設当時 は、カトリックの教えに違反した人々を収容していた刑務所でし た。1966年に重要文化財と認定され、現代美術館として開館し ました。常設展にはアシス・シャトーブリアン、サロン・ドス・ ノヴォス、サロン・モデルノ、アベラルド・ロドリゲス、ドリア ン・グレイ、エレノス、ヒルトン・デ・グラヴラス、ジョゼ・テ レス・ジュニア、ヴィセンテ・ド・へゴ・モンテイロ、ポルチナ リなどのコレクションがあります。他、民族舞踊などのイベント や講習会、企画展など様々なプログラムを開催しています。 T Rua  13 de Maio 149, Varadouro F (81) 3429-2587 H火曜から 金曜8:00~18:00、土曜と日曜14:00~17:30 

 

オリンダ郷土博物館 (Museu Regional de Olinda):

ドアルテ・コ エリョがペルナンブコへ到着したことを記念して、1935年に開館 しました。オリンダ市とペルナンブコ州の共同経営の博物館で、 オリンダ上院の紋章をはじめ家具、絵画、彫像など歴史的価値の 高い収蔵品を展示しています。セー教会の1711年に改装される前 の祭壇も展示されています。博物館を含む周辺の建物は18世紀の オリンダを彷彿させます。T Rua do Amparo 128, Amparo F (81) 3429-0018 H 火曜から金曜9:00~17:00、土曜と日曜13:00~17:00 

 

宗教美術館 (Museu de Arte Sacra):

過去にオリンダ上院議会、大 司教庁舎を経て、現在はペルナンブコの宗教関連作品を収蔵してい ます。1676年に、初の司教到着に合わせて建設され、19世紀に再 建されました。2つの高い塔、上階には12個の窓、木製のバルコニ ーは全て18世紀の建築様式です。T Rua  Bispo Coutinho 726, Alto da Sé F (81) 3429-0032  H 火曜から金曜8:00~12:00、14:00~18:00、 土曜と日曜14:00~17:30 

 

あやつり人形博物館エスパソ・チリダー (Museu do Mamulengo- Espaço Tiridá):

1995年オープン。18世紀の人形をはじめ、1,500 体以上の異なる姿や形のあやつり人形を収蔵しています。T Rua de São Bento

 

教会

ロザリオ・ドス・オメンス・プレットス教会 (Igreja do Rosário dos Homens Pretos de Olinda):

17世紀後半に、黒人だけの修道 会により建てられた最初の教会です。白人と同じ教会で同じように 宗教活動を行うことが許されなかった時代、教会の周辺ではコンゴ というアフリカの宗教祭がひらかれました。黒人奴隷や既に解放さ れた黒人たちが、自分たちが本国から持ってきた宗教や言葉を白人 の生活の中で生かすために造りました。そして、1702年に、フラ ンシスコ・リマ司祭がインディオにキリスト教を伝道するために訪 れた宣教師への宿泊施設を増設しました。1998年に改装工事が行 われた際に、宝石を描いた絵画や他の教会の大理石の祭壇を真似し て作られた木造の祭壇が見つかりました。T Largo do Bonsucesso 45, Bonsucesso  H 月曜から金曜9:00~11:00、土曜10:00~21:00 $

 

聖母コンセイソン教会と修道院 (Igreja e Convento de Nossa Senhora da Conceição):

植民地時代の最も古い修道院のひとつ です。オランダ侵略時代には使われず、その後、ジョアン・フェル ナンデス・ヴィエイラ氏の命で改装され、事情のある女性たちを受 け入れる施設となりました。この教会で最も注目されるのは聖母コ ンセイソン像です。金と多色で装飾され、足台は月を表した天使た ちが囲んでいます。冠は銀製。T Largo da Misericórdia s/n°, Alto da Sé H 月曜から金曜8:00~11:00、14:00~16:00

サン・セバスチャン教会 (Igreja de São Sebastião):1

7世紀に なると、南米にはノルブス・コレラという伝染病が発症し、オリ ンダを含む多くの都市に被害をもたらしました。当時の州知事ジ ョン・フェルナンデス・ヴィエイラ氏は、この伝染病から守ら れるよう、サン・セバスチャンへ祈りの行列を行いました。そし て、1686年には病気や飢えや戦争から守ってくれる聖人サン・ セバスチャンを祀る教会の建設が始まりました。内部は、他のバ ロック様式の教会とは異なり質素な造りで、中央の祭壇にあるサ ン・セバスチャン像は18世紀にポルトガルから持ちこまれたもの です。主にポルトガルのコロニア様式の建築です。 T Rua 15 de Novembro s/n°, Varadouro H 見学は土曜15:00より、 ミサは17:00

 

サンタ・テレザ教会と修道院 (Igreja e Convento de Santa Tereza):

教会、修道院とも1660年半ばに建設されました。バロ ック様式で、17世紀から18世紀にペルナンブコで作られた聖人像 など様々な装飾が施されています。正面はコロニアル様式、質素 な塔が一か所、入口上部には聖母テレザ・デ・ジェズス像があり ます。像の上にはここを1831年まで管理していたカルメル会の 紋章が残されています。現在、修道院の施設内には孤児院とサン タ・テレザ学園があります。T Avenida Olinda 570 A, Santa Tereza H 日曜9:00より

聖サルバドール・ド・ムンド教会 (Igreja de São Salvador do Mundo):

1540年にセーの丘に建てられたブラジル初の教会で す。当初は土壁と木材で建てられていましたが、1584年から周辺 にいくつもの礼拝堂が建てられました。オランダ侵略時代には、 プロテスタント教会となり、主な部分は火事で破損してしまいま した。ポルトガル領土に復帰してから、修復工事が行われ、その 期間はサン・ジョアン教会の一部を借りて宗教活動を続けていま した。1676年にオリンダの司教区となり、1714年に完成しまし た。司教区がソレダーデ宮へ移転した際には、教会をレシフェへ 移築する案もありました。 H 月曜から金曜8:00~12:00、14:00~17:00 

 

サン・ベント大聖堂と修道院 (Basílica e Mosteiro de São Bento):

17世紀にブラジルで2番目に建設された修道院がサン・ベン ト修道院です。聖人サン・ベントは司教区と修道院の守護人で す。1631年のオランダ侵略で破壊され、修復した時代の様々な建 築様式がみられます。正面には18世紀の紋章と鐘楼、祭壇はブラ ジル・バロック様式で、金箔が貼られた木製のものです。中央に はサン・ベント像があります。聖器室はオリンダの教会では最も 美しく、金泥木彫、クリスタルの鏡や、サン・ベントの生涯を語 るパネルが飾られています。扉は石の枠で、羽目板には飾りが彫 刻されています。T Rua de São Bento s/n°, Varadouro H 見学は 毎日8:30~11:30 / 14:30~17:00、ミサは土曜6:30と18:00

 

聖母グアダルペ教会 (Igreja de Nossa Senhora de Guadalupe):

メキシコの守護人を祀る南米では数少ない教会です。1626年から 1629年に解放された奴隷たちにより造られました。当時、ポルト ガルはスペインの支配下にあり、その影響もありメキシコの守護 人が選ばれたものと思われます。現在は聖母グアダルペ修道会の本部ですが、1854年にサン・セバスチャン教会に移転するまでは 聖母ボン・パルト修道会もここでした。 T Praça Miguel Canuto s/n°, Guadalupe H 火曜と金曜15:00~17:00

 

ミゼリコルジア教会 (Igreja da Misericórdia):

1540年に聖母ル ス教会とミゼリコルジア病院として建設されましたが、1630年 にオランダにより焼き払われ、1654年に再建されました。敷地 内には1912年に宣教師団体が創設したサンタ・ゲルトルデス学園 があります。内部の説教壇や天井の木彫りは必見です。T Alto da Misericórdia s/n°, Amparo H 毎日11:45~12:30、18:00~18:30

 

聖母ダス・ネヴェス教会、サン・ホケ礼拝堂、サン・フランシス コ修道院 (Igreja de Nossa Senhora das Neves, Capela de São Roque e Convento de São Francisco): 施設内には修道院、 教会、礼拝堂、タイル装飾の回廊とすばらしい聖器室がありま す。1585年建設の、フランシスコ会修道院としてブラジル最古で す。1631年のオランダ侵略時代に火災にあい17世紀に修復されま した。修道院の正面にはこの地の岩場の砂岩で作られた十字架が あり、教会の壁画は18世紀のものです。 T Ladeira de São Francisco 280, Carmo H 月曜から金曜7:00~11:30 / 14:00~17:00、土曜7:00~12:00  ミサは火曜19:00、土曜17:00、日曜8:00

オリンダ神学校と聖母ダ・グラサ教会 (Seminário de Olinda e Igreja de Nossa Senhora da Graça):

オリンダ市内の高台に 位置しています。リスボンのサント・ロケ教会を模し、保存状 態も良く、16世紀のブラジル・カトリック建築の代表的存在で す。1535年にドアルテ・コエリョ氏はサント・アゴスチニョ修道 会を迎えるために教会の建設を命じましたが、実際に到着したの はイエズス会で、1551年にこの教会はアントニオ・ピレス司祭に 譲られました。中央の祭壇には1661年と記されてありますが、市 内で起きた火災の被害を受け、宣教師たちの手により修復された 時期であると思われます。1760年に宣教師が追放されてからは、 司教の管理下になり、アゼレド・コウチニョ司教の命により、19 世紀初めに神学校として再スタートしました。 T Rua Bispo Coutinho s/n°, Alto da Sé H 見学は月曜から金曜 14:30~16:00 ミサは6:50より

 

聖母アンパロ教会 (Igreja de Nossa Senhora do Amparo):

1550 年から1560年に、独身男性や音楽家の為に建てられた教会で す。1631年にオランダにより一部破壊されました。正面入り口に は1644年と記されていますが、これは修復された時期と思われま す。祭壇の左側にはキリストの絵が、右側には音楽家の守護人で あるサンタ・セシリアの絵がかけられています。最近では1992年 に修復工事が行われ、色彩豊かな祭壇、アーチ状の十字架、フラ ンス製タイルが甦りました。T Largo do Amparo s/n°, Amparo H 毎日7:30~13:30 ミサは日曜17:00より

ユネスコの世界遺産

1982年に、オリンダの歴史地区はブラジルで2番目に世界文化遺産に登 録されました。市内の約3分の1が登録区域に値します。歴史地区の保存 運動は1930年代に始まり、主な建物が重要文化財と認定され、以後、 歴史、文化、建築のあらゆる面で保存を目的とした働きが盛んになりま した。主な建造物は、オリンダ大聖堂、サン・ベント修道院、サン・フ ランシスコ修道院、聖母ダス・ネヴェス教会、聖母カルモ教会がありま す。宗教関連の建物と異なり一般の建物は同時期の他のブラジル国内の ものと比べ質素です。石や木造のバルコニー、隣接しあう造り、広い中 庭などポルトガル建築の影響をこの土地の熱帯気候にあわせ工夫をして きたことが分かります。